○一浪時代

当然のように東大に落ちた俺は、駿台と河合塾を見て回り、

駿台の方が怖そうなおっさんが相談を担当していた一方で、
俺の地元の河合塾は校舎が駿台より綺麗だし、可愛いチューターが多かったので、

当然のように俺は河合塾を選んだ。



それまで、周りに東大志望のやつがそんなにいない環境に居たので、
東大志望だけが集まるクラスに所属し、東大合格者をたくさん送り出してきた名物講師の話を聞く機会ができたのは貴重な経験だった。

こうしたなかで、「どうやったら東大に受かるか」というビジョンがおぼろげながら見えてきたような気がする。
東大合格者がほぼいない田舎高校では、そもそも東大がどのレベルで、どれくらいの勉強が必要なのかがわからない。
とはいえ、まあ結局落ちたのだが……


実はこのころ、受験以外にもアクティビティを始めていた。
まず、バイトをした。実家に金があまりなかったので、金を補填する必要があった。
早朝バイトを平日毎日入れて、朝5時に起きて6〜8時まで2時間バイトし、掛け持ちでさらに学校後に別のバイトをした。

まあこう見ると苦学生な感じに見えるが、実は、金がないとはいえ、そこまでバイトをする必要はなかった。少なくとも掛け持ちは必要なかった。
こうして、補填する必要がある金以上に稼いだために余ったお金は、本を買ったり、服を買ったり、彼女関係に使ったり、海外旅行(後述)に使ったりした。

潜っていた某大学(後述)の生協で、生協会員のみ本が20〜30%オフのイベントがあった時には、潜った授業で俺と友達になった、生協に加入していた人を使って、9万円分くらいの本を7万円ちょいで購入するなどしていた。
これを含めて、本を買うのには1浪時通算で15万円くらい使っている気がする。

服にも一ヶ月で1〜3万くらい使っていたと思う。これは大学で役立った。


また、説明が難しい関係なのだが、バイト先の直接ではないつながりで彼女ができ、毎週遊びまくっていた。
その当時出来た彼女は俺と同じ歳で、そのときは大学一年生だった。

俺の精神安定に多大なる寄与をしてくれていたのは彼女の多大なる功績であると思う。この子とは、1〜2浪時をほぼ通して付き合ったが、二浪も出来たのは、明らかに彼女のおかげである。
そんなに激しい性格じゃなくて、揉め事もあまり起こらず、浪人生の俺を肯定しまくってくれた。無条件に全肯定してくれる存在がいるのは大きい。
三浪目の記事に詳しく書くが、三浪目(仮面浪人)の失敗の一つは、彼女がいなかったことだと思う。だからこのブログのタイトルに「彼女を作る」が含まれているのだが。

とはいえ、二浪めには2人の関係もわりと落ち着いて、彼女に割く時間もお金もコントロールできるようになっていたものの、
一浪時の初期は彼女に時間的にも金銭的にもリソースを割いていたとことは、反省点の一つにあがる。


加えて、7月くらいまではバイト仲間とも遊んでいるなどもして時間を食った。



さらに、高校時代仲の良かった友人が多く通っていた、そこそこ知名度はないことはない某大学の授業に潜って、とある第二外国語を学ぶなどもしていた。
その第二外国語の勉強にハマり、検定試験で三級を11月にとった。

また、その授業を教えていた某先生と仲良くなり、フェイスブック友達になったり、その先生のアドバイスの元、海外旅行することにしたりした(親には許された)。

(ちなみに、俺が今通っており、この先生の出身でもある某早慶の俺が通っている学部において、その先生の父が今は引退しているものの教授であり、結構偉い立場にいて、ドンとしてかつて暗躍していたらしく、その教え子とかが今俺の学部で先生をしていることもあって、
このコネ?は割と今の生活に役立ってはいる)



こういうわけで、俺はあまり受験勉強をしていなかった。

そんななかでも授業はほぼ行っていた気がするが、でも予習はマチマチにしかしていないなど、「勉強をしている」とは胸を張って言えない状況だった。現役よりは明らかしていなかった。



しかし、何故か模試の成績はまあまあよかった。現役よりは上がっていた。
河合のOPが夏秋CCで、駿台の夏がAだったかな?
駿台の秋は申し込んだけど寝坊したとかそんなクズ具合だったと思う。せっかく自分で稼いだ金で申し込んだのになあ……

A判定とか出てたが、単純に浪人だと良い成績が出やすいとか、偶然よかっただけで、本当の実力を表しているわけではない、と今では思う。
冠模試と東大本試って、全然違うとはよく言われるが、それなりに過去問研究した今は同感である。問題の質もだが、特に採点の精度が全く違う。

しかし、模試の結果が良かった(とはいうものの現役よりマシなだけでそれほど良いわけではないが)ため、
勉強していないにもかかわらず、何故だが「うかる」という自信があった。

数々の東大不合格ブログを読んできた今だから言えるが、ダメ浪人生の典型である。


さらに、センター試験も、何故か現役時より上がっていて、750点代だった。
本来この点数だと、東大受験を諦めて他の大学に出すのも考え始める点数だが、謎の受かる自信はあったし、現役より上がってるし、二浪まで許されていたので、東大に出した。
今年も私立は一個も受けず、東大専願である。


東大入試本番後、入試を受けたその足でそのまま羽田空港から前述した海外旅行に飛び立ち、
現地の子供達とサッカーをしたり、襲われそうになって逃走したり、うざいやつに絡まれて岩砂漠の中2時間くらい彷徨う羽目になりながらも、
ヨーロッパ二カ国と、アフリカ一カ国を周遊していた俺は、
2017年3月10日、某ヨーロッパの大国の首都のホテルで、東京大学文科三類に落ちたことを知った。


当然の結果である。

しかも現役より二次の点数は下がっていた。

国語 60代(去年よりあがったはず)
数学 10代(ゴミ)
日本史 20代(去年の得点は運だった)
世界史 30代
英語 50代後半か60代?


とかだった気がする。

ランクはDランクとかだったかな?



当時の馬鹿な俺なりに、「浪人したのだから、浪人したことで得られる経験をしよう」と思って、色々なアクティビティに手を出した。
良い経験にはなった。
それに、非常に楽しかった。大学生活より全然浪人の時の方が楽しかった。
でも志望校に受からなければ意味はない。



浪人するかどうか迷ってる人に伝えたいのだが、一浪は良い経験になるし、むしろしていいと思うけど、
二浪以上は余計なので、一浪で受かるよう努力すべきである。


まあ、一浪時に無茶した経験がなければ今の自分は絶対存在しないし、
二浪時は二浪時でそれなりに学んだことはたくさんあったのだが……





二浪目編に続く